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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)16381号 判決

甲事件原告・乙事件原告 坂本隆子

右訴訟代理人弁護士 西村真人

同 新井清志

同 山上朗

同 小澤治夫

甲事件被告 東西産業貿易株式会社

右代表者代表取締役 坂本伸明

乙事件被告 坂本伸明

乙事件被告 船橋周道

乙事件被告 後藤公平

乙事件被告 内山光雄

乙事件被告 九保享

右六名訴訟代理人弁護士 羽田忠義

同 遠山信一郎

主文

一、甲事件被告は、甲事件原告に対し、八三七二万三六一八円及びこれに対する昭和六一年三月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二、乙事件被告らは、乙事件原告に対し、各自五九九二万一八〇〇円及びこれに対する昭和六二年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三、甲事件原告の甲事件被告に対するその他の請求を棄却する。

四、訴訟費用は、甲事件、乙事件を通じてこれを二分し、その一を甲事件原告・乙事件原告の負担とし、その一を甲事件被告及び乙事件被告らの負担とする。

五、この判決の一、二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一、原告の請求

一、甲事件における請求

甲事件被告は、甲事件原告に対し、一億五五七九万六五〇〇円及びこれに対する昭和六一年三月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二、乙事件における請求

主文二項と同じ。

第二、甲事件における当事者の主張

(以下においては、甲事件・乙事件を通じ、甲事件原告・乙事件原告を「原告」、甲事件被告を「被告会社」、乙事件被告坂本伸明らを「被告坂本」などという。)

一、原告の主張

1. 原告は、亡坂本伸夫(昭和六〇年一〇月二二日死亡。以下「伸夫」又は「亡伸夫」という。)の妻である。亡伸夫には、原告のほかに法定相続人が二名(同人の子である坂本直佳及び坂本幸佳)いるが、遺産分割協議の結果、後記の本件慰労金債権は原告が取得した。

被告会社は、亡伸夫が中心になって昭和二八年一一月一九日に設立した畜産関係の機械器具の製造販売等を目的とする株式会社である。

2. 伸夫は、被告会社の設立以来死亡するまでの間、同会社の代表取締役社長あるいは代表取締役会長の地位にあった。

3. 被告会社は、昭和六〇年一二月二五日、第三二期臨時株主総会を開催し、同総会において、亡伸夫の退任慰労金について、「故坂本伸夫氏に対し、在任中の功労に報いるため、当社における一定の基準に従い相当額の範囲内で退任慰労金を贈呈する。その具体的金額、贈呈の時期、方法等は取締役会に一任する。」と決定した。

被告会社の「役員退任慰労金規定」(昭和五九年一一月二九日の取締役会で決定。以下「本件規定」という。)三条に基づき亡伸夫の退任慰労金の固定金額(基本金額)を計算すると、一億一九八四万三五〇〇円となる。

(計算の基礎となる数字)

役員退任時の報酬月額 一三五万八〇〇〇円

在任期間 二九年と一二分の五年

役員係数 三

さらに、亡伸夫は、被告会社に在任中特に功労があったことは明らかであるから、同人の最終的な退任慰労金(以下「本件慰労金」という。)の額は、本件規定九条により三〇パーセントを加算した一億五五七九万六五〇〇円とするのが相当である。

4. 被告会社は、昭和六二年九月二日の取締役会において亡伸夫に対する本件慰労金を五九九二万一七〇〇円とする旨決定したと主張している(以下この決定を「本件決定」という。)。すなわち、本件規定三条による算出金額は一億一九八四万三四九九円となるが、一〇条を適用して五〇パーセント減額し、本件慰労金は、五九九二万一七〇〇円になるという。

しかし、次に述べるように、被告会社は原告の請求額と被告会社の決定額との差額についても支払義務がある。

(一) 本件規定一〇条は、当該役員が故意又はこれに準ずる重大な過失により会社に重大な損害を与えた場合にのみ適用されるべきものである。

しかるところ、亡伸夫には、本件規定一〇条に該当するような減額事由は存在しない。被告会社は、有限会社西日本ピルチ及び株式会社南九州畜産開発センターの倒産に関連して減額事由を主張するが、これらの事業の積極的推進者は被告坂本であり、同被告が最高責任者である営業上のずさんな方針・管理等によって倒産が招来されたのである。また、そのような減額は、株主総会の決議の趣旨にも反する。

さらに、被告会社は、同社の経営状態を減額事由の一つにあげるが、同社は、昭和六〇年九月期までは七パーセントの株式配当を実施し、昭和六一年九月期以降は経営状態がさらに良好となって一〇パーセント配当を実施している。また、被告会社の株式は額面五〇〇円に対して時価が二〇五〇円であり、現在においては極めて優良な企業となっている。経営状態を減額事由にあげるのは、不当である。

したがって、本件決定(減額する旨の部分を分けることができれば、この部分のみ)は違法であり、かつ無効である。

(二) 本件決定が違法である場合、本件規定の三条は原則的な規定で、裁量の余地のない退任慰労金額を定めているのに対し、一〇条は例外的な規定で、その適用は法規裁量というべきであるから、裁判所は自ら本件慰労金の額を決定することができるものというべきである。

(三) その際には、亡伸夫が本件規定九条にいう「在任中特に功労のあったもの」に該当することは明らかであるから、三〇パーセント加算された金額を支給されるべきである。

5. 仮に右主張が認められないとしても、被告坂本ら五名の取締役による本件決定は、乙事件において主張するように、共同不法行為に該当する。したがって、被告会社は、民法四四条により、右被告坂本らと連帯して右不法行為により原告の被った損害を賠償する義務がある。

原告の被った損害は、本件規定九条により三〇パーセント加算された一億五五七九万六五〇〇円と本件決定による五九九二万一七〇〇円との差額である九五八七万四八〇〇円である。

6. よって、原告は被告会社に対し、右一億五五七九万六五〇〇円と、これに対する株主総会の開かれた昭和六〇年一二月二五日から三か月経過した(本件規定一〇条による。)昭和六一年三月二六日以降の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

7. なお、被告会社が亡伸夫に対し貸付金を有していたことは認めるが、伸夫は生前毎月の役員報酬から二五万円ずつ差し引かれ、これをもって返済に充てていたので、死亡時の残金は約一九〇〇万円である。

二、被告会社の主張

1. 被告会社は、亡伸夫の退任慰労金については、昭和六二年九月二日に取締役会を開催し、次のとおり議決した(本件決定)。

すなわち、亡伸夫の退任慰労金は、五九九二万一七〇〇円とし、被告会社の亡伸夫に対する貸付金、未収利息、原告に対する仮払金もあるので、この退任慰労金の決定に伴い、併せて原告に相殺通知を行う。そして、原告から支払請求があった時点で、支給時期、回数、方法等について原告と協議し、資金事情等も考慮して決定する、というものである。

2. 亡伸夫の退任慰労金を五九九二万一七〇〇円とした理由は、次のとおりである。

(一)  亡伸夫の退任慰労金については、同人死亡時に存在していた本件規定を適用して算定する。

算定の基礎となる報酬月額、在任年数、役員係数は原告主張のとおりであり、同規定三条の定めによる算出金額は、一億一九八四万三四九九円になる。

なお、本件規定三条により自動的に算出される金額は、絶対的な固定金額ではない。功労、減額事由に基づき、加算、減算されるべき性質を有する金額である。

(二)  しかし、次の減額事由により、同規定一〇条(特別減額)を適用して五〇パーセントの減額とし、亡伸夫の本件慰労金は結局五九九二万一七〇〇円となる。

(1) すなわち、亡伸夫は、被告会社の社長として在任当時、株式会社南九州畜産環境開発センター(以下「南畜」という。)の事業推進に関する業務執行につき商法二六〇条二項二号の規定に違反し、その結果被告会社に重大な損害を与えた。

ア 南畜の農林中央金庫鹿児島支店よりの借入れ一億三六〇〇万円についての被告会社の保証は、取締役の決議を経ず、亡伸夫ら南畜事業推進者により事実上の保証行為が行われた。

イ 亡伸夫及び吉ケ江取締役は、違法に有限会社西日本ピルチ(以下「西ピル」という。)・南畜事業に関する重要な業務執行を、取締役会の決議を経ず推進した。

ウ 昭和五八年三月南畜は遂に倒産し、巨額の不良債権が発生し、被告会社は倒産寸前の第二の重大な経営危機に陥った。これは、被告会社のトップにいた亡伸夫の重大な経営判断の誤りの結果である。

(2) また、昭和五八年九月期から昭和六一年九月期までの過去四期の平均利益は、一五三八万円余りであるので、退任慰労金五九九二万一七〇〇円は、被告会社の現況からすればむしろ過大であり、五〇パーセントの減額は妥当性がある。

3. また、被告会社は亡伸夫に対し次の貸付金を有しているので、相殺されるべきである。すなわち、被告会社は亡伸夫に対し、昭和五五年九月八日付け金銭消費貸借契約証書により四五二三万七三六九円の貸付金を有していたが、昭和六〇年一〇月二二日現在、三六一一万九八八二円の残高になっている。

第三、乙事件における当事者の主張

一、原告の主張

1. 原告は、甲事件において述べたように、被告会社に対し一億五五七九万六五〇〇円の亡伸夫の退任慰労金請求権を有している。

しかして、原告は右慰労金を生活費に充てる目的で甲事件を提起したものであるところ、被告坂本は、昭和六一年二月一八日には、原告に対し、取締役会で本件慰労金は総額で一億円と決まった旨述べていたが、同年四月頃に、被告船橋と共謀のうえ、亡伸夫所有名義の不動産その他の件についての原告と被告坂本らとの間の紛争を不当に有利に解決し、また、原告に対し嫌がらせ(いわゆる「兵糧攻め」)をする目的で、本件慰労金額の決定をできる限り引き延ばし、さらにはその金額をことさら低額にしようと企て、右金額の決定を昭和六二年九月二日の取締役会(以下「本件取締役会」という。)まで引き延ばし、さらには亡伸夫には本件規定に定める減額事由がないにもかかわらず、減額事由があると称して本件決定の原案を取締役会に提案した。

2. 被告坂本及び同船橋を除いたその他の被告らは、被告坂本らの右企てを知りながら、これに荷担し、本件取締役会まで取締役会において本件慰労金額を決定せず、また本件取締役会においては被告坂本らの提案に賛同したものである。

3. 被告坂本ら乙事件の被告らの右行為は、不当な目的をもって原告の亡伸夫についての本件慰労金請求権を侵害しようとするものであって、共同不法行為を構成する。

さらに、右被告らは、亡伸夫の退任慰労金についての株主総会の決議の趣旨に従い、早急に本件規定の九条を適用した相当額の退任慰労金額を決定すべき職務上の義務があるのに、これを怠り、特別減額条項まで適用して著しく不相当な金額を決定したものであり、その職務執行には悪意または重大な過失があるというべきである。

4. したがって、被告坂本らは、各自、原告に対し、民法七〇九条、七一九条又は商法二六六条ノ三に基づき、これにより原告に生じた損害を賠償する責任がある。

その損害は、相当な退任慰労金額一億五五七九万六五〇〇円と被告会社の決定した退任慰労金額五九九二万一七〇〇円との差額である九五八七万四八〇〇円である。

5. よって、原告は、被告坂本ら各自に対し、五九九二万一八〇〇円(右損害の一部)及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求める。

二、被告坂本らの主張

1. 伸夫が昭和六〇年一〇月二二日に死去した後、原告と被告坂本は、本件慰労金も含む遺産分割協議をすすめてきたが、昭和六一年四月一日に至り、原告は相続財産の一つである東京都世田谷区等々力の土地建物につき、生前贈与契約書(公正証書)・遺言書(東京家庭裁判所検認済み)の存在を知悉しながら、かつ協議進行中でありながら、被告坂本を騙すがごとく(原告は登記受付数日前から所在不明)、原告及び他の相続人二名による共有持分一〇分の一〇の所有権移転登記を突然強行した。

2. 一方、原告は、昭和六一年五月一四日、被告会社に対し、引き続き退任慰労金請求訴訟を予定する裁判所による検証を行った。この種の請求事件としては、異例ともいえる新事態を迎え、被告会社としては、相続財産中に被告会社資金借入れに不可欠な前記等々力の土地建物(主力銀行に根抵当権設定)及び総発行株式数の約三分の一を占める株式が含まれていることから、本相続問題の帰趨は会社運営上も重大な影響・関連性を有することを考慮し、またこれまでの経過からしても、相続問題の包括的な解決の方向で今後も望むべきこと、退任慰労金支出問題は亡伸夫の相続問題の解決と一体となるので問題解決まで審議を見合わせることを、昭和六一年五月二一日開催の取締役会で確認した。そして、原告から検証に続いて訴訟提起が予想されるので、その推移を見守ることとし、継続審議することにした。

3. その後、昭和六一年九月一九日原告より甲事件の提訴があり、第一回の口頭弁論が一〇月二〇日に開かれた後は、本訴訟事件の和解、及び民事第五部を中心とする他事件との一括和解が試みられたが、いずれも具体的な進捗が見られず現在に至っている。

4. また、第二の二2に述べたとおり、亡伸夫の退任慰労金については明白な減額事由が認められる。

5. 以上の事情により、原告の主張するような被告坂本らの不法行為は存在しない。

第四、当裁判所の判断

一、次の事実は、当事者間に争いがない。

被告会社は、昭和六〇年一二月二五日、株主総会を開催し、同総会は、亡伸夫の退任慰労金について、「故坂本伸夫氏に対し、在任中の功労に報いるため、当社における一定の基準に従い相当額の範囲内で退任慰労金を贈呈する。その具体的金額、贈呈の時期、方法等は取締役会に一任する。」と決議した。

また、証拠によれば、次の事実が認められる。

被告会社は、昭和六二年九月二日に開かれた取締役会において、亡伸夫の退任慰労金について、昭和五九年一一月二九日制定の「役員退任慰労金規定」(本件規定)に基づき、同規定三条による金額を一億一九八四万三四九九円と算出したうえ、同規定一〇条の特別減額条項を適用して、上記金額を五〇パーセント減額して、伸夫の退任慰労金を五九九二万一七〇〇円とする旨決定した。

(証拠)〈省略〉

二、原告は、亡伸夫の本件慰労金が本件規定九条(功労加算)により三〇パーセント加算された一億五五七九万六五〇〇円とされるべきだと主張するのに対し、被告会社は、本件慰労金は取締役会の決定どおり本件規定一〇条の(特別減額)により五〇パーセント減額された額とされるべきだと主張するので、この点を巡る諸点について、以下順次判断する。

1. 亡伸夫にかかる本件慰労金は、商法二六九条の「取締役ガ受クベキ報酬」に該当するから、株主総会の決議によりその請求権が発生するものである。ところで、本件の株主総会決議は、本件慰労金を被告会社における「役員退任慰労金規定」(本件規定)によって支給すべきことを前提として、その具体的金額、支給期日、方法等を取締役会に一任しているので、本件の伸夫にかかる具体的な退任慰労金請求権は取締役会の決定によって初めて発生するものである。

したがって、原告は、本件決定が本件規定に違反している場合でも、本件決定による額を超えた金額の退任慰労金を請求することはできないというべきである。

2. ところで、本件の総会決議は亡伸夫にかかる退任慰労金の額が本件規定に従って決定されるべきことを要求しているものと解される。したがって、取締役会による本件決定が本件規定に違反している場合には、本件決定は総会決議によって保証された利益を侵害するものとして違法というべきである。

退任慰労金の額についての本件規定の内容は、いわば基本金額を定める三条と、功労加算を定める九条及び特別減額を定める一〇条とからなっている(乙一の一)。三条が、「慰労金の額の算出」との見出しのもとに、「退任慰労金」を裁量の余地のない各種数字に基づく金額とするとしたうえで、一時金により支給するとしているのに対し、九条及び一〇条は、「特に功労があったもの」又は「特に重大な損害を会社に与えたもの」という主観的かつ規範的な要件に基づき三条による金額を加減をすることができるとして裁量的な加減を規定している。この各規定の構造・内容に照らすと、三条は、退任取締役が原則的に支給されることを保証される退任慰労金額を定める条項であり、九条及び一〇条は、例外的に取締役会の裁量により三条に基づき算出された額を加減することを認める条項というべきである。したがって、三条により算出される額は、取締役会が退任慰労金額を決定する一過程における数字に過ぎないと解するのは相当でなく(被告会社はこの趣旨の主張をする。)、一〇条の特別減額は、このような原則的に保証される金額を減額するものであり、同条に「特に」という要件が規定されていることに照らしても、十分な合理性を備える必要がある。

3. 亡伸夫にかかる本件慰労金の額が取締役会で決定されたのは、前記のとおり株主総会決議がなされてから一年八か月後の昭和六二年九月二日である。本件規定一一条によれば、退任慰労金の額は総会決議の直後の取締役会で決定し、支給は取締役会の決定後一〇日以内に行うとされているから、特段の事情のない限り、本件慰労金の額の決定が昭和六二年九月二日までなされなかったことは本件規定に違反していることになる(株主総会後の取締役会は、最初が株主総会当日に開かれ、その次が昭和六一年五月二一日に開かれている。)。

この点について、被告会社は、昭和六一年五月二一日の取締役会において本件慰労金の件について審議したが、この件は亡伸夫の相続問題の解決と一体となるので問題解決まで審議は見合わせるべきであるとの趣旨で保留となったと主張し、被告坂本もこれに沿う供述をしている(例えば、同被告の供述一回八五から九一項、二回一三から一五項。)。しかし、被告会社による亡伸夫の退任慰労金の額の決定と亡伸夫の遺産の相続問題(相続人間の紛争)とは本来無関係である。この両者に何らかの関係があることについて、被告会社から合理的な説明はないから、このことを理由に本件慰労金額の決定を延ばすことは違法である。

しかも、後に掲げる証拠によれば、被告坂本は、伸夫死亡後、生前贈与契約書及び遺言書に基づき同人の遺産のうち東京都世田谷区等々力所在の不動産取得について原告と話し合いをしていたこと、同被告は、昭和六一年三月頃までは、この問題について円満解決を前提に亡伸夫の退任慰労金として一億円を支給することを考えており、他の取締役の事実上の同意も得ていたこと、同被告は、同年二月一八日頃原告と会い、本件慰労金額が一億円となることを告げていること、しかし、四月一日に原告及び伸夫の子二名の法定相続人が等々力の不動産につき生前贈与契約書等を無視して相続を原因とする所有権移転登記をし、さらに、原告は本件慰労金に関し東京地裁に証拠保全を申し立て、四月一六日に被告会社においてその手続が行われたこと、そこで被告会社は、五月二一日に開かれた取締役会において証拠保全等に対する対応を審議し、併せて、被告坂本の主導により、本件慰労金の問題を伸夫の相続問題と一体として解決すべきであるとして継続審議としたこと、以上の事実が認められる。

(証拠)〈省略〉

右の事実経過に照らすと、被告会社が本件慰労金の額の決定を後に延ばしたことは、本件慰労金の問題が亡伸夫の相続問題と一括して解決されるべきであるとの考えを前提として、原告が前記の登記をしたり証拠保全の手続をとって被告坂本に対決する姿勢を示したことに対する対抗手段として行われたものと認めることができる。亡伸夫の相続問題を理由として本件慰労金の額の決定及び支給を延ばすことが違法であることは先に述べたとおりであるから、原告の行為に対抗してその決定を延ばすことも、それ自体の是非を考えるまでもなく違法である。

4. 次に、被告会社が本件慰労金につき本件規定一〇条により特別減額をしたことの適否について判断する。

被告会社によれば、特別減額の理由は、①南畜及び西ピル関連の事業について亡伸夫が経営判断を誤り、被告会社に莫大な損害を与えた、②被告会社の経営状態からして、多額の退任慰労金は負担できないこと、③被告会社は再建途上にあり、多額の退任慰労金の支出は対外的に好ましくないこと、の三点である(甲事件における被告会社の主張2の(二)、乙一三の一、二、被告坂本の供述三回六五から七七項)。

しかし、まず、右②の経営状態は、本件規定一〇条の特別減額の事由となっておらず、規定上支給の時期、回数、方法について考慮できるにとどまるものである(一一条)。また、右③の対外的配慮も、同様に特別減額事由となっていない。これらの事由を退任慰労金の額に反映させるのであれば、株主総会の決議でその旨定めるべきであり、本件総会決議が単に本件規定に基づく退任慰労金の額の決定及び支給を取締役会に委任しているに過ぎない本件においては、これらの事由を額の決定の基礎的な事由とすることは許されない。のみならず、前述したように、被告坂本及び他の取締役は昭和六一年二月頃には本件慰労金を一億円程度にすることを考えていたのであるから、右②、③の事情が真に本件慰労金額を決定する基礎的な事情であったかどうか自体に、疑問を呈せざるを得ない。

次に、①の事由は被告会社が最も重要な事情として主張するものであるが、昭和六一年二月頃に一億円を考えていたときは、被告会社はこの事情に基づき特別減額をすることは考えていなかったと認められる(一億円という金額は、昭和六〇年一一月二七日の取締役会で議決された(新)役員退任慰労金規定の三条に基づき算定された基礎金額に、千数百万円を加算した金額である。被告坂本の供述二回一五一から一六五項。)。したがって、被告会社が本件決定においてこの事情を考慮したとすれば(真に特別減額に値する事情があるかどうかはともかくとして)、取締役会が本件慰労金の額の決定及び支給を延ばしたのと同様に、亡伸夫の相続問題について被告坂本と対決姿勢をとった原告に対する対抗手段としようとの意図が重要な動機になっているものと推認することができる。そうであれば、このような意図は、被告会社が特別減額という裁量行為をするに当たって考慮した最も重要な事情と評価すべきである。

したがって、本件慰労金の特別減額は、その裁量権の行使に当たり、考慮すべきでない事情(すなわち、被告会社のあげる理由②、③、及び原告に対する対抗手段とするとの意図)を考慮し、しかも特別減額を原告に対する対抗手段とするとの意図を最も重要な事情とするものであるから、許された裁量権を逸脱し又は乱用したものとして、違法というべきである。

5. 以上によれば、被告会社の取締役会が本件規定に定められた時点に本件慰労金の額及び支給を決定せず、これを昭和六二年九月二日まで延ばしたこと、並びに本件慰労金額の決定に際し特別減額をしたことは、いずれも違法な行為であり、帰責事由も認められるから、不法行為を構成する。被告会社の機関である取締役会が不法行為をしたのであるから、被告会社は民法四四条により不法行為に基づく損害賠償責任を負うものというべきである。

また、被告坂本、同船橋、同後藤、同内山及び同九保は被告会社の取締役として本件決定に賛成し、原告に対し直接(共同)不法行為をしたものといえるから、これによって原告に生じた損害を被告会社と連帯して賠償する責任がある(結局、被告会社及び被告坂本らは、連帯して損害賠償義務を負う。)。

この不法行為に基づく損害は、被告らの不法行為がなかったならば請求し得た本件規定三条に基づく一億一九八四万三五〇〇円から本件決定による五九九二万一七〇〇円を差し引いた五九九二万一八〇〇円及びこれに対する昭和六一年三月二六日以降の年六分の割合による遅延損害金と、本件決定額五九九二万一七〇〇円に対する昭和六一年三月二六日以降本件慰労金債権成立までの年六分の割合による遅延損害金である。

6. 原告は、本件慰労金については本件規定九条に基づき功労加算がなされるべきであると主張する。しかし、この功労加算も、取締役会の裁量により決すべきものであるから、取締役会において功労加算をすべき義務があるというためには、少なくとも裁量の余地のない程度に「特に功労があった」との功労加算の要件が一義的明白に認められることが必要と解すべきである。しかし、証拠上そのような事実は認められない。

したがって、功労加算を前提とする原告の請求は失当である。

三、乙三の一によれば、被告会社は、昭和五五年九月八日、亡伸夫に対し四五二三万七三六九円を貸し付けたことが認められ、伸夫が死亡した昭和六〇年一〇月二二日現在の残高が三六一一万九八八二円であることは、被告会社の自認するところである。原告は、この借入金の残高が約一九〇〇万円であると主張するが、この主張を認めるべき証拠はない。

よって、原告が被告会社に対し本件慰労金として請求し得るのは、本件決定額五九九二万一七〇〇円から三六一一万九八八二円を差し引いた二三八〇万一八一八円と、これに対する昭和六一年三月二六日以降の年六分の割合による遅延損害金である。

四、したがって、原告が被告会社及び被告坂本らに対し請求し得る金員は、次のとおりである。

1. 被告会社に対し

八三七二万三六一八円(本件慰労金二三八〇万一八一八円と、損害賠償金五九九二万一八〇〇円との合計額)と、これに対する昭和六一年三月二六日以降の年六分の割合による遅延損害金

2. 被告坂本ら各自に対し

五九九二万一八〇〇円と、これに対する昭和六二年一二月八日以降の年五分の割合による遅延損害金(相互に連帯、及び被告会社と連帯)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩田好二)

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